平成の寅さん 見た 聞いた 書いた

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「幸せさがし」は「あるものさがし」から

本当の幸せとは

 僕は元々埼玉県に生まれ、いま熊本で活動しています。
 いまの活動のきっかけは、さかのぼると高校時代になります。
 当時、本当の豊かさとは何だろうかと考えました。
 高校時代に「その後の桃太郎」という演劇をやりました。
 桃太郎は鬼を退治して宝物を村に持って帰ってきますが、その後の村がどうなったかというお話です。村に宝物が入ると豊かになり、働かなくても食べていけるので、村人は怠けて働かなくなり、雉は飛べなくなり、犬は鼻が利かなくなり臭いがわからなくなり、猿は太ってしまい木登りしても木から落ちます。宝物があるうちは良いのですが、宝物を使い切ったら、人が育っていないのだからどうしようもない。
 そこで、村民会議をもって、宝物を鬼たちに返しに行こうという提案を桃太郎はするのですが、村人は反対するも渋々納得したことで、桃太郎たちは鬼ヶ島に向かいました。
 すると、元々好戦的だった鬼たちは、低血圧だったり高血圧だったりして、赤鬼になったり青鬼になったりしたんです。ところが宝物を失ったので働かないといけない。たまたま鬼のうちの一人が鍛冶職人で、鉄製武器を鍬に変え、鋤に変えて、畑を耕しだしました。鬼達はもともと体格は良くてパワフル、荒れた大地は良質な田畑に変わっていきました。働くことで健康的な小麦色に日焼けした鬼たちは、島からマチに買い物に出るとモテモテ。若いキレイな娘が次々に嫁に来る島になりました。めでたし、めでたし。
 そんな鬼ヶ島と自分たちのムラの姿を比べて桃太郎は考えました。
 「本当の幸せ」ってなんだろうと。
 
 大学を卒業するころ、阪神淡路大震災とか、日本海沖でナホトカ号が沈没して重油回収とか、ボランティア活動が注目されたので、お金だけじゃない、経済だけじゃない、もうちょっと豊かなものが必要ではないかと思いました。
 大学時代は、僕もお金を得る活動をしたり、一方で森づくりにかかわるボランティア活動やキャンプ活動に関わり、進路としてどちらを選ぶのかと考え、僕はお金じゃなくて、幸せ感、自分が得られるものを選んでいきたいということで、国際ボランティア活動、NICE(日本国際ワークキャンプセンター)という団体を一から作るという活動を始めました。
 その活動は、海外からボランティアを日本に受け入れて、いろんな農山漁村の現場の活動に2週間ぐらい若者たちを集めて、そこで地域に必要だといわれているボランティア活動を展開する、そんなプロジェクトをコーディネートする、そういう機会に恵まれました。
 その中で、僕は地域のいろいろな立場の人、子どもからお年寄りまで本当にたくさんの人たちと出会いながら、地域のニーズにはどういうものがあって、どういうボランティア活動だったら、若い人たちにも働くモチベーションが出るのか、地域の人たちにも受け入れて良かったと思ってもらえるようになるのか、調整するという仕事をしていきました。

地元学との関わり

 僕は視点としては、「風の人」として、外の視点から地元学に携わります。
 元々地元学という言葉自体は、水俣でも国際ワークキャンプというプロジェクトをやっていて、吉本さんにも会って、地元を見つめ直すという話を聞いていました。
 その後1997 年頃に、朝田さんが代表を務めるローカル・ジャンクション21のメンバーの方と一緒に、岩手県の陸前高田で仕事をする機会があり、そこで初めて地元学に取り組みました。陸前高田では、地域の人たちと一緒に地域の中を歩いて回り、見つけたことをマップに落としていきました。そのときに感じたのは、地域の人たちと、外から来た人たちが一緒に歩いてみて初めて見える風景があるのです。外から来た人でも、近くの都市に住む人と、遠くの大都市に住んでいる人では、見方が全然違う。漁村で調査するときは、山に住んでる人と一緒に調査するほうが、地域の見方も面白くなります。

 1999 年からNICEを辞める2002 年までの4年間、そういった形で地元学に関わり合いました。
地元学調査の方法として工夫したのは、班に分かれて調査しますが、属性や性格の異なる人を組み合わせて班を作りました。日本人3人、外国人3~4人で1つの班を形成します。外国人はイスラム教の人、キリスト教の人、ベジタリアン等々、本当にさまざまな人がいたので、様々な風景が見えてきました。役割分担としては、まず地元学を勉強した人をリーダーにします。通訳をつけます。写真撮影は2人くらい、それぞれ違う視点から撮影してもらいます。残りの人たちは、普通におじいちゃん、おばあちゃんと会話する係です。また、好奇心旺盛で落ち着きがない私のような人材も貴重です。「これ何だろう」とか言って、ものを持ち出して来て質問してみたり。このようにして聞き出したことを克明に記録していきます。

 もう一つ重要な手法は宴会です。地域の人たちと外から来た人たちが一緒に飲み会をします。公民館で地元のおばあちゃんたちの手料理で出迎えてもらって歓迎会、あるいは交流会、懇親会という形で行います。宴会をしながら、地元の人たちと話をして、地域の人たちの生活、暮らし、または一年間のサイクルとか、どういう家族構成ですか、孫は何歳ですか、そういったことを含めていろいろ聞いていきます。

「ない」ということは工夫すること

 「あるもの」と「ないもの」。僕の暮らしの中にないものがたくさんあります。例えばテレビ。テレビは基本的に時間泥棒です。節約した時間を使って、じいちゃん、ばあちゃんのところに遊びに行って、話を聞いてごはんをごちそうになるというのが僕の基本的な日課です。

 あと、風呂ですが、薪で沸かす手間がかかるので、温泉に入りに行きます。温泉に行くと人がいますから、そこでいろんな人と話をして地域のいろいろな情報を仕入れます。あと、冷蔵庫がありません。畑に行って、ばあちゃんたち、じいちゃんたちから作物をいただきます。冷暖房もありません。寒いときなら寒いときの対応を、暑いときなら暑いときの対応をします。

 つまり、「ない」ということは工夫をする必要があって、工夫するということは頭で考える、または人に頼る必要があります。そこがまた面白いところです。温水器でお風呂が出るようにするために30 万円必要だとすると、30 万円分働かなければいけない。そのために時間を使うなんて、そんなナンセンスな働き方はしたくない。
 その分、自由時間がほしい。またはじいちゃん、ばあちゃんたちと話がしたい。都会の人たちと話しをしても何も余り得るものがないのです。じいちゃん、ばあちゃんたちの話は面白い。何でかというと、本当に毎日コツコツコツコツいろんなことをしていて、いろんな知恵とか技とかメッチャ凝縮してるんです。その知恵が暮らしの中で何でも応用がきくのです。

お年よりの知恵と技を次世代に伝える義務

 そういうことを僕は老い先短いおじいちゃんたち、おばあちゃんたちから学びます。時間に制限があります。おとといも一人死んだ。一週間前も一人死んでる。そういうおじいちゃん、おばあちゃんたちとの貴重な時間。今が一番の学びどきだと僕は思ってるんです。
 そういう時間の使い方をしたいと思い、そこに住んでる暮らしの中から学んで、それを次の世代に伝えていく義務が僕の人生にはあると思っています。
 都会に住んでいる人たちは、暮らしというものを本当に浅く捉えて、すべて便利という言葉だけで片付けてしまっているように思います。時間を節約して節約してパチンコに行く。節約して節約して飲みに行く。そして愚痴を言う。すごく非生産的な生き方をしている。本来、暮らしは生産的なのです。そういう考えに基づいて僕はいろいろ身近なことを調べているのです。

 「子ども農山漁村交流プロジェクト」は、一週間の農家体験や林業体験のように、暮らしの一部を切り取ってパッケージしたものを体験させるのではなく、そんな薄っぺらなものではなく、農村漁村の暮らしそのものの体験をさせてほしいと思います。これから食料危機とかエネルギー危機が来たときに、都会の暮らしとは別の暮らし方があるということを、小学校4年生、5年生の子どもたちに示してあげることが大切だと思います。戦後の貧しい時期の農山村での暮らしや遊びも、今自分たちが希望すれば提供してあげるというのが、大人たちのこれからの仕事ではないなと思っています。「こども農山漁村交流プロジェクト」も、そういう方向で推進していってほしいと思います。

具体的な活動
 具体的に僕たちが取り組んできたことをいくつかご紹介します。基本的には地域の人たちを元気にする活動です。
 一つは森づくりです。水源林研グループという8人の男性または家族の方たちのグループですが、毎年3カ月間10 名ぐらいの若者が水源地域にやって来て、3カ月間の森づくりボランティア活動をします。その受け入れを一手に背負ってやっているのは、林研グループなのですが、一緒に下草刈り、間伐、五右衛門風呂作り、竹の伐採などの活動をしてくれています。2月28 日に今年度の林研グループの表彰式があり、見事に農林水産大臣賞をとりました。

 もう一つは、「食の名人たち」ということで、9人のおばあちゃんたちが活動してくれています。元々あった水源中学校・東中学校の給食室を加工所にして、そこで田舎料理づくりをしたり、農産加工品を漬け物とか、高菜漬け、ダイコンのみそ漬けを作りながら、活動してくれています。このおばあちゃんたちが僕の胃袋を支えてくれているといっても過言ではないです。
 おばあちゃんたちに年間に10 万円位のお小遣いを渡せるようになってきたので、それで旅行しよっか、と言って、急遽、韓国に行くことになりました。『おばあちゃんの修学旅行』の始まりです。
 地元学というのは、地元をただ学ぶだけでなく、どこか他の場所と対比することで、あらためて自分たちの良さが分かったりすると思うのです。韓国は、いちばん近いし、お金もからないし、比較的似た立場にいるので、いちばん参考になると思いました。
 韓国のコクソン郡トゥゲリ村とナムヘ郡棚田村の、それぞれ約20 軒と約60 軒の集落に行って、三泊四日の民泊での体験旅行をしてきました。
 また、若い人たちをボランティアに受け入れての「水源ボランティアホリデー制度」ということで、長い人だと6カ月または1年、短い人だと2週間ぐらいで受け入れています。
 いわゆるニートやフリーターと呼ばれる若者たちの中でも活きのいい若者達です。
 彼らをどういうふうに今いる自分の枠の外へ連れ出すかというが世間で叫ばれています。たぶん、答えは簡単。基本的に楽しいことには、人間は本能で動くものです。連れ出すまでは他の専門医的な人の仕事ですが、連れてきたらそこに楽しいことを用意して、一緒にやる、仲間ができる、そうい
う場づくりをしてゆっくりした時間を演出する。そんな活動をするように心掛けています。

応援団も増えてきた 

 こういった取り組みを応援してくれる人たちも少しずつ出てきました。トヨタ自動車が取り組んでいる「Gazoo mura プロジェクト」というのがあります。
村人たちがブログに自分たちの普段の生活のこと、自分たちのやっている活動のことを書いて、それを普段から日常的に町にいる人たちが見て、行ってみたいな、いつか旅行にいきたいな、こういう人に会いに行きたいなということで訪れる。そういった取り組みも少しずつ今、始まっています。
 そういうのが、村の人たちにしてみると、あのトヨタ自動車が村を少しずつでも応援してくれるのとかいって、別に何か金銭的にメリットがあるということではなくて、その雰囲気としてとか、思いで何か
少し元気になる。そういうようなことが、地元学やって少しずつ自信というか誇りを回復してきた中で次に向かう。何かこう次へのエネルギー、次への一歩を踏み出すときにすごくみんな喜びます。

 もう一つは、「ap bank」。
 アーチスト・パワー・バンクとかアルタナティブ・パワー・バンクの略称です。
 ミスター・チルドレンの桜井和寿さん、音楽プロデューサー小林武史さん、作曲家の坂本龍一さんが、音楽で稼いだお金を環境とか、農業とか、地域を応援する取組に融資してくれるものです。
 補助金や助成金は、多くの場合助成率が全額補助でなく2 分の1 以内ですが、自己負担分を自前で調達できるNPOは少ないと思います。銀行はなかなか貸してくれない。APバンクとか、各地に設立されつつあるコミュニティバンク(市民バンク)を活用して融資を受けるという方法があります。

 地元学に取り組むための経費というのは、高々というと変ですが、50 万円とか、そのくらいの金額です。僕たちも取組の当初に日本財団の「郷土学」の助成金を活用しましたが、その程度の金額でした。地域にとっては、その50 万円がすごく嬉しい。300 万円とか500万円は使い切れない。そういうのを少しでも用意してもらって、ある程度フリーハンドで使えるようにしてもらえると若い人たちが光り輝き出します。

 最後に、都会から若者を連れてくるときは、一人目は元気で勇気のある若者を連れてきてください。あと、綺麗なお嬢さんたちを用意しておいてください。これによって、俄然やる気が上がりますので、、(笑)。

 
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コメント

小林さんこんにちわ。答えは簡単。基本的に楽しいことに人間は本能で動くもの。という文が印象に残りました。いまヤングハローワークのパソコンを使って閲覧してる私です。自分にできることから少しずつしていこうと思います。自分が自然体でいられる暮らし方に近つけるように。

  • 2008/10/21(火) 12:05:53 |
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  • ちゆき #-
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